魔女の刻印

プロローグ

眠り姫は笑う。
いずれ訪れるだろう破壊と再生を夢見て。


「カラン、やっぱり行くのか」
踝まで長さのある服を引きずるようにして男が言う。
「俺はお前が行かない方が不思議だよ」
カラン、と呼ばれた男がクスクスと笑う。その様子に男は小さくため息をついた。
「俺はお前と違って仕事があるの。……まあ、月が一巡りしたら都に行かないといけないし」
「そうだな。神官の試験だっけ」
ああ、と一度大きく頷いてもう一人の男が笑った。
「長年待ち望んでいたんだ。……行ってこいよ」
笑顔で友を見送るその瞳にはかすかな寂しさと羨望の色があった。



眠り姫は望む。
それは破滅への誘いか、再生への祈りか。


漆黒の闇の中、一人の男がいた。
蝋燭の炎だけの暗がりの中で詳しい容姿は読み取れないが、声を聞く限り楽しんでいるように聞こえる。
「そうか、女神が目覚めるか」
くつり、と喉の奥で笑い声を抑えたような声。ここで笑うのはそれに対して失礼だとでも言うように。
「都ならば、北の導師が近かったはずだな」
面白くなりそうだと、その男は一人笑った。



眠り姫は目覚める。
それは全ての崩壊と再生の始まり。
望むと望まぬとそれが全ての理。
古より決まっていたこと。



そして少女は記憶をなくす。


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